2018年5月6日日曜日

理念がないということの恐ろしさ〜幻の航空券連帯税

   池田 香代子 さん
 出国税という新しい税ができました。なにじんでも、日本を出るときには1000円払う、税収は観光分野の整備に充てる、というものです。これについては、きっと誰もさして話題にしないだろうということと、個人的に苦い思いがあるという二つの理由で、ここに書いておきます。
 わたしはかねてより、これと同じように出国者から税を徴収する構想に賛同してきました。けれど、集めたお金は国内では使いません。世界の、気候変動の影響をうける地域への援助や、エイズをはじめとする伝染病の予防や治療に使います。
 航空券連帯税というのがその名称で、すでに韓国やフランス、ドイツなど8カ国が実施しています。つまりわたしたちは、韓国やフランスに行ったら、帰りにはこの航空券連帯税を知らぬうちに払っているのです。フランスだと約400円、韓国だと約200円です(これはエコノミークラスのばあいで、ビジネスクラスやファーストクラスだとその10倍くらいです)。
 国際的に税金を集めて世界の貧困問題を解決しよう、という発想は、半世紀近く前からありました。提唱者の名前をとって、トービン税と呼んだりします。けれど、この理想的な構想はなかなか実現しませんでした。
 2000年に始まった国連のミレニアム計画(「2015年には貧しいを半分に」)はしかし、この国際連帯税構想を後押ししました。そして、いろいろな徴税アイディアの中でも手をつけやすいものとして、8カ国が先行して航空券連帯税を始めたのです。
 航空券連帯税のおかげで、たとえばアフリカのHIV陽性の子どもたちの70%がカクテル療法を受けて、エイズを発症せずにすんでいます。エイズは治療可能な病気になって久しいのですが、毎日飲まなければならない何種類ものエイズ薬は、多くが高価な特許薬です。けれども、航空券連帯税のおかげで、お金のあるなしが命を選別してきた現状を劇的に変えることができたのです。
 日本も、この航空券連帯税を導入するチャンスがありました。
 民主党政権時代、自民党の政策集には、航空券連帯税を導入する、という記述がありました。ところが、政権に返り咲いた翌年の政策集からは、それは消えていました。事情を問いただすと、「うっかりした」とのことでした。けれど、さらにその翌年の政策集にも、航空券連帯税という文字はありませんでした。これでは、下野時代にはさまざまな分野の研究者や市民団体にいい顔をしたけれど、政権さえ取ってしまえば知らん顔なのだな、と思われても仕方ありません。
 それでも、航空券連帯税を実現させようとする人びとは、めげずに与党や省庁に働きかけ、法案取りまとめの寸前まで行きました。けれど、おもに国交省の反対で、立法化はあえなく潰えました。海外からの観光客を増やしたいのに、そんな新税で水をさすわけにはいかない、というのがその言い分でした。
 けれど、その舌の根も乾かぬうちに、徴税方法だけは「いただき」の、自国の税収を増やす出国税には、国交省も賛成したわけです。航空券連帯税導入を主張していたはずの自民党議員たちは、沈黙しました。
 なんという体たらく。そもそも国連ミレニアム計画で打ち出された「持続的開発のための教育」という考え方は、日本のイニシアチブで採択されました。その原資としても、日本は率先して航空券連帯税をはじめとする各種の国際連帯税を推進するのが筋でしょう。安倍政権は、ミレニアム計画にも「持続的開発のための教育」にも冷淡でした。
 なのに、外交の安倍、なのだそうです。あちこち外遊してお金をばら撒き、いっときいい顔をするのが、彼の「地球儀俯瞰外交」のようです。地球儀は空っぽです。もしかしたら、地図をプリントしたビニールボールだったのかもしれません。あのチャプリンの名作に出てきたような……。
 世界史的な理念の航空券連帯税を利己的な出国税へと堕落させた一事を取っても、この政権に国際的な使命感に基づく外交理念などなかったことは明らかです。経済の新自由主義のもと、この国は浅ましい国に堕ちてしまった。これを立て直すのは大仕事です。(寄稿)

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