2010年9月22日水曜日

司法裁判分野における対米従属  弁護士 榎本信行


米軍基地拡張に反対した砂川闘争
東京都北多摩郡砂川町(現立川市)で米軍・立川基地拡張阻止闘争が始まったのは、1955年のことである。この闘いは、労働者、農民、学生が団結して、国側の土地拡張のための測量を実力で阻止したということで、未だに語り継がれている。この闘いで、基地内に立ち入ったということで、安保条約に基づく刑事特別法で逮捕起訴された学生、労働者がいる。

安保は憲法違反とした伊達判決 
この裁判で、東京地裁伊達秋雄裁判長は、安保条約は、憲法9条に違反するから、条約に基づく刑事特別法に違反するという被告人らは無罪だと判決した。この判決は59年3月のことで、安保改定交渉の最中のことであった。

アメリカが直接介入  アメリカは狼狽し、マッカーサー駐日大使は、藤山外務大臣に跳躍上告をすることを迫り、日本政府もこれを了承、マッカーサー大使は、田中耕太郎最高裁長官とも会い、早く審理するよう要望した。結局日本の検察庁は高等裁判所への上訴を飛びこして、最高裁へ直接跳躍上告した。以後、大使は、この裁判の経過について、アメリカに逐一報告している。この経緯は、2008年、新原昭治氏がアメリカの公文書館で発見して大問題になった。日本の司法の対米従属性をよく示している。

米兵犯罪・裁判権放棄の密約
 日本司法の対米従属の姿は、その後も変わっていない。日米地位協定では、公務中の米兵の犯罪については、裁判権がアメリカ側にあり、公務外の犯罪については、日本が裁判権を持つとされている。しかし、実際には、公務中かどうかは、米軍部隊の指揮官の裁量で決められており、これでは、日本側の裁量が入らず、きわめて不公平である。また、公務外の犯行についても、犯行後基地内に逃げ込んだ米兵に対しては、起訴するまで身柄を日本警察は確保できないし、前述新原氏が発掘した密約では、重罪の場合、最初の通知日から20日以内、そのほかの罪の場合は10日以内日本側が裁判権行使を米軍に通知しない限り、日本は裁判権を失うとされているという。

事件現場での米軍の横暴な振る舞い  1995年の沖縄での少女暴行事件の時も、県警は長い間 任意の取り調べに甘んじざるをえなかったのである。このように日本の裁判権は、著しく不公平な状態である。
さらに、2008年8月14日、普天間にある沖縄国際大学に同基地所属の米軍ヘリコプターが墜落した。幸い怪我人はなかったが、大学の建物等に大きな損害が出た。この事故で、墜落後米軍が現場を制圧し、県警が捜査を制限され、消防も調査を拒まれた。米軍事故の後、常にこうした状況になる。本来、日本国内のことであるから、日本の警察に捜査権があるのに、米兵が来て現場を押さえ、機体などを持ち去ってしまう。これも対米従属の表れである。

横田基地の周辺でも 
東京でも、横田基地の周辺ではいつこのようなことが起こるか住民は恐れている状況である。