2016年7月26日火曜日

参議院選挙の結果と政治変革の展望
負けはしたけれど完敗ではなかった

法政大学名誉教授  
  五十嵐 仁
 
 注目の参院選でした。各党の議席は自民56、民進32、公明14、共産6、維新7、社民1、生活1、無所属4となっています。

自民党と公明党の与党は、改選議席の過半数である61を超えて70議席となりました。これは安倍首相が掲げていた目標です。その目標を9議席上回ったわけですから、今回の参院選で与党が勝利したことは明らかです。
 しかし、それでは自民党が圧勝したのかといえば、必ずしもそうではありません。確かに自民党は比例代表で3年前から165万票以上増やして15年ぶりに2000万票台に乗せて1議席増とし、56議席となって改選議席の50議席を6上回りました。しかし同時に、選挙区では前回より10議席減となって合計で9減らしています。単独での過半数である57議席にも1議席足りませんでした。
つまり、与党は勝ちましたが、自民党は圧勝したわけではありません。手放しで喜べるような結果ではなかったのです。逆に言えば、野党は確かに負けはしましたが、完敗したわけではありません。
参院選の結果、確かに改憲勢力は改憲発議に必要な参院での3分の2の壁を突破しました。しかし、これも無所属の改憲派を合わせた議席数で、その中身はバラバラです。公明党は「改憲勢力ではない」と弁解し、大阪維新の会は9条改憲を主張しているわけではありません。
安倍首相は選挙中、街頭演説で改憲には触れませんでした。この「改憲隠し戦術」には、メリットとデメリットがあります。議席を獲得するうえでは効果的でしたが、選挙後、直ちに改憲に突き進めば国民から大きな反発を受けるリスクも高めました。
「任期中での改憲」に執念を燃やしている安倍首相は、投票日夜のテレビ番組でさっそく「どの条文をどう変えていくか、憲法審査会で議論していく」と発言しています。衆参両院の憲法審査会での審議を再開し、秋からでも改憲論議を進めていきたいと考えているのでしょう。
 自民党が踏ん張った要因は
 歴史的に振り返ってみると、自民党の議席のピークは衆院で2012年総選挙、参院では2013年参院選でした。衆院では201412月総選挙で2議席減らし、今回の参院選では9議席減らしています。201213年を頂点に、その後は下り坂だということが分かります。
 それでもこの坂を転がり落ちることなく、今回は頂上から少し下ったところで踏ん張ったように見えます。どうして、それが可能だったのでしょうか。
 政権を不安定にさせている欧米諸国との違いでは政治的混乱の要因となっている難民問題がなく、逆に日本周辺における安全保障環境の不安定さという問題を抱えていることが挙げられます。これらが政権にとって有利に働きました。
イギリスのEU離脱決定や中国の経済不振などもあって世界経済の先行きは不透明で、バングラデシュでのテロ事件で日本人が狙われて犠牲になるということもあって国民の不安感が高まっています。そのために政治の安定や安心を求めて変化を嫌う意識が生じたのではないでしょうか。
「隠す、盗む、嘘をつく」
 これに加えて、安倍首相の選挙戦術も功を奏したように見えます。今回の選挙では、とりわけ「隠す、盗む、嘘をつく」というやり方が目立ちました。
 第1の「隠す」ということでは、「選挙隠し」「争点隠し」という特徴があります。この間のマスメディアに対する懐柔工作と恫喝によってテレビは委縮し、参院選の報道は3年前より3割減となり、ワイドショーは都知事選の方を取り上げる始末です。安保法や憲法、TPP(環太平洋経済連携協定)、原発再稼働、沖縄辺野古での新基地建設などの争点に触れることを避け、安倍首相は党首討論から逃げただけでなく街頭演説では改憲について口をつぐみました。
 第2の「盗む」ということでは、野党の政策の剽窃という問題があります。最低賃金時給1000円、同一労働同一賃金、給付型奨学金の創設、保育園の増設による待機児童解消、保育士や介護福祉士の処遇改善などを次々と打ち出し、野党との政策的な違いを曖昧にする作戦に出ました。自民党は「これまで野党が重視してきた政策を取り入れた」(『毎日新聞』7月9日付)と指摘されるように、政策を盗んで野党との違いを見えにくくしたのです。
 第3の「嘘をつく」ということでは、「アベノミクスは道半ば」だと言い張りました。逆から読めば「ばかな道」と言われたように、すでに失敗が明らかなアベノミクスを取り繕い、有効求人倍率など都合のよい数字を利用して嘘をつきました。そもそも消費税再増税の先送りのための「新しい判断」が、参院選での争点化を避けるための大嘘だったと言うべきでしょう。
 新たな希望としての野党共闘
 このような自民党や改憲勢力の圧勝を阻んだのは、市民と野党共闘の力でした。このような対抗措置を講じなかったら、野党の惨敗は避けられなかったでしょう。自民党が前回から議席を減らしたのは1人区で292敗から2111敗となって8議席を失ったからです。
 昨年の安保法(戦争法)反対運動の中で「野党は共闘」という声が沸き上がり、これに応える形で共産党が「国民連合政府」を提唱し、これを契機に野党間での選挙協力の話し合いが進んで2月19日に5党合意が成立しました。これが歴史的な画期となりました。
 この後、共産党は1人区での予定候補を取り下げて比例代表に回すなどの大胆な対応を行いました。このような決断がなければ野党共闘は幻に終わっていたでしょう。それを生み出したのは戦争法廃止を求める2000万署名に結集された市民の力であり、野党が手を取り合って与党に対抗することを求めた市民の声でした。
 こうして全国32の全ての1人区で選挙共闘が成立し、11選挙区で勝利することができました。とりわけ、秋田を除く東北と甲信越での当選が光りました。当選には至りませんでしたが、愛媛、長崎、岡山、滋賀などでは比例代表での各党の得票合計を3割から7割近くも増やして接戦に持ち込んでいます。
 野党共闘については、その効果を疑問視する声や限界を指摘する論調もあります。しかし、共闘によって当選者や接戦が増えたことは事実であり、選挙への関心が高まって261人区では前回より投票率が上昇しました。その効果が上がって脅威となりつつあるからこそ、それを阻んで瓦解させようとする攻撃も強まっているのではないでしょうか。
 野党の前進と東京の成果
 民進党は改選議席を減らしたとはいえ、前回の17議席からほぼ倍増して32議席を獲得しました。一時のどん底を脱したと言えるでしょう。野党共闘を受け入れて中心的な役割を果たしたことがイメージの転換に役立ち、一定の支持回復につながったのだと思います。
共産党も改選3議席を倍増して6議席を獲得するなど躍進しました。比例代表での得票数も601万票を超え、史上2番目となりました。野党共闘の推進力として積極的な役割を演じたことが評価されたわけです。しかし、事前の予測や前回の8議席を下回りました。
これについては、自衛隊についての藤野前政策委員会責任者の失言、執拗に繰り返された反共攻撃、北朝鮮の核実験やミサイル発射、尖閣諸島や南シナ海周辺での中国の不穏な動きなどが、その要因として考えられます。このような不利な状況の下でも確実に前進できる地力を蓄えることが引き続いての課題です。
 このようななかで、東京では大きな成果を上げることができました。定数6のうち、民進党の蓮舫と小川敏夫候補、共産党の山添拓候補の当選を勝ち取り、改憲勢力の過半数獲得を阻止したからです。昨年の「2015年安保闘争」における都内各地での市民運動の盛り上がり、革新懇の活躍や共同の進展などを、その要因として挙げることができます。
これからの展望と課題
 参院選後の新しい国会で、改憲に向けての攻勢は強まるにちがいありません。しかし、一瀉千里に進むという状況でもありません。戦争法の発動と既成事実化に反対しながら、改憲に向けた策動の一つ一つを見逃すことなく阻んでいくことが重要です。「審議くらいなら」「条項の追加程度なら」と油断していると、そこに付け込んでくるのが安倍首相の「やり口」ですから、警戒を怠ってはなりません。
 同時に、都知事選のような今後の首長選挙、衆院補選など各種の選挙でも野党共闘を追求し、勝利していくことが重要です。その一つ一つを来るべき衆院選での野党共闘の実現と勝利に結びつけていかなければなりません。
野党共闘は今後の国会共闘や論戦にも生かされる必要があります。通常国会で共同提出した法案や選挙に当たっての協定などを基に政策合意の幅を広げ、安保・自衛隊・税制・エネルギーなどの基本政策に関する合意も追求してもらいたいと思います。
これは野党共闘によって樹立されるべき新政権に向けての政策的準備という意味も持ちます。その際大切なのは希望を語ることであり、アベ政治を許さず暴走をストップさせた後に実現するべき明るくポジティブな未来像を提示することです。
 本気になって新しい政権の準備を始め、夢と希望を語ることによって野党の魅力を高めるのが課題です。それを実現可能なものとして具体的に提示すれば、政治を変えることができます。政治変革の展望を切り開く可能性とそこに向けての進路を見つけることができたところに、今回の参院選の最大の意義と成果があったと言えるのではないでしょうか。



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