2017年3月1日水曜日

総会・記念講演

政治危機と私たちの選択
憲法と民主主義を守る大結集を
山口二郎法政大学教授

 121日の東京革新懇総会記念講演の要旨をご紹介します。 
アベ化する世界とイヤな時代
アベ化とは何か、一つ目は、自己愛の極めて強い幼児的リーダーの跳梁跋扈。自分を常に正しいと信じて疑わない。二つ目は、自己愛の裏返しとして批判に対して徹底的に攻撃を加える。三つ目は、攻撃するときには、ウソ、偽り、デマとあらゆる手段を使う。四つ目は、事実と虚構、事実とフィクションの区別ができない。
昨年、イギリスでポスト真実という言葉が使われるようになった。アベ化あるいはトランプ現象の根底に、ウソ偽りでも自分が聞きたいと思うことを聞いて信じ込むという、一般の人々の態度が広がり、トランプ、アベのような為政者を支えている現状がある。 
世界のアベ化と米大統領選挙
アベ化は世界に広がる疫病のようなものだ。なぜトランプが勝ったのか、1990年代以降進んできたグローバルリズム、金もうけのためなら大企業資本はなんでもする。社会、経済の荒廃に対して不満を持つ人々が抗議の意思表示をしたという面がある。
欲求不満が渦巻いている中で、トランプは、ウソ八百を並べて移民とか少数民族などをいじめ、差別するようなことを言って、白人労働者に癒しを提供した。
アメリカのトップ富豪の1%が国民全体の中でどれだけの富を得ているか、1928年と2007年にピークがきてトップ1%の人が、国民全体の所得の約4分の1を取るという大変な富の集中が進んだ。
富の集中が進むと、1929年の世界大恐慌、2008年のリーマンショックというバブル崩壊後の大金融危機が起こる。リーマンショック後、政府は大規模な金融機関の救済策と刺激策を打ち、100兆円単位の金を注ぎ込んだ。のど元過ぎればで、大金融機関幹部たちは、法外な報酬を手にしている。 
建前を公然と否定する社会
トランプ現象は、政治において建前とか理念をあざ笑う、否定するという風潮が本質だ。民主主義の歴史は建前を普遍化する。権利の主体であるMEN、人間という言葉の意味内容を、当初書かれたときに意味していた白人の財産を持った男性から女性、労働者、さらには黒人、移民に拡張していった歴史である。女性参政権を求めて闘った人々、労働者の権利を守ろうとした人々、公民権運動をたたかったマーチン・ルーサー・キングなど黒人の人々、人々の努力によって建前が普遍化していった。このプロセスこそが民主主義そのものだ。
しかしトランプは、民主主義の拡大を否定する。これ以上女性なり移民なりに同じ価値を付与するのは面白くない。減りつつある白人男性という元の主流派が考えることがトランプ現象を支えた大きな要因だ。建前とか理念を否定してしまえば、民主主義はそこで終わりになる。 
日本の危機的現状
日本の危機は、政治、社会、経済それぞれの面で深刻になっている。
政治の危機の本質は、権力の暴走と立憲主義の崩壊。内閣法制局、NHK、日銀、専門性や中立性を尊重されてきた機関がアベカラー一色に染まり、アベ政治を推し進める体制ができてしまった。ついに天皇制までアベは手を付けようとしている。退任問題。安倍が考える復古的な天皇像というものを押し付けようとせめぎ合いが起こっている。
独裁政治においては言葉が崩壊する。積極的平和主義という名で海外派兵、南スーダンでは戦闘ではなくて衝突、オスプレイは墜落ではなく不時着大破、カジノじゃなくてIRとか、物事の本質を誤魔化すためにこそ言葉が使われる。ジョージ・オーウェルの「1984年」の全体主義支配のポイントだ。
議院内閣制おいて、衆・参両方で絶対的な多数を握った勢力は、非常に大きな権力を持つ。裁判所も放送局も新聞社も学校も企業も、大人しくしておこうとか、積極的に現政権に同調する。権力の暴走を止める最後の防壁は選挙による政権交代だ。 
社会の危機
社会の危機は、社会の結び付き、人間を尊重しあう気分がどんどん低下している。相模原の障害者施設で大量殺人事件は、病的な犯人が起こした例外的な事件ではない。人を殺すような事件は沢山ないが、テレビやネットでは、病気の人間は早く死ねばいいということを平気で言う人間がいる。
最近のテレビのバラエティー番組にネトヨウみたいな人間がしょっちゅう出て、人工透析は自業自得だから治療費を自分で払え、そういうことを平気で発言している。東京MXテレビがやった沖縄に対する差別も同じだ。
人間というのは、いつも自由を好むとは限らない。強い為政者の下にぶらさがり、安心を得ようと行動することがある。ナチズム台頭の中で実際に起こった現象だ。イギリスの歴史家で高名な学者が来日、現状は1930年代に似ている、ウソ偽りで人を動員する政治の手法は、つぶさなければと警告していた。 
経済と生活の危機
日本の総中流化は、1997年がピーク。その後、アジア通貨危機の影響、小泉時代の構造改革等によって、所得の低い階層が増えだした。2000年を境に、企業はもうかるけれども賃金が減る負の相関関係が始まり、賃金を減らすから会社がもうかる時代だ。原因は雇用の規制緩和、不正規労働の増加だ。
生活保護基準以下の割合は2000年代前半においても20代、30代、40代前半で増えている。
「相対的貧困率」を国際的にみると、日本は上から2番目。イギリスは労働党政権下で政策をすすめ貧困が減った。貧困が広がっているのは政治の責任だ。 
政治転換の突破口
参院選の結果は非常に残念だった。何となく自民党でいいやみたいな、国民の気分を変えることができなかった。
参院選直後の朝日新聞世論調査を見ると、自民党が勝った理由は、「安倍政治の政策が評価されたから」が15%、「野党に魅力がなかった」が71%。
野党がどう魅力をつけるか、一つは、本気でやったら勝てる可能性を見せること。二つは、「こっちが勝ったら、少しは自分たちの生活もよくなるかも知れない」との政策での期待感を持たせることだ。
32の1人区で、野党統一候補が擁立できたことは画期的なことだ。沖縄、福島、アベ政治の悪政が目に見えるところでは、野党が勝った。
東北甲信越でけっこう勝った。TPP、農業の問題があった。安倍政権の政策ではまずいという、農業関係者・保守層を含めて危機感を持った。 
野党の現状と課題
小選挙区で闘う時に、明確な対決構図を描くことだ。ここの部分だけは絶対に闘うぞという国民が望む選択肢を示すために、野党も既得権にしがみつく議論を乗り越えていくリーダーシップが、とりわけ民進党に必要だ。
新潟県知事選のNHK出口調査では、民進は自由投票だったが民進支持層は85%ぐらい米山、共産はもちろん。無党派層の3分の2が米山。統一候補を立てる、野党が協力する、無党派層の6割ぐらいを取る。欲を言えば、保守層の2割ぐらいを呼び込む。これが新潟県知事選に表れた勝利の方程式だ。
自民党は「共産党も含めて野党が野合するのか」と必ず言ってくる。日本の憲法と民主主義を守るために闘う、大義名分がある。選挙の結果、非自民側が過半数を取れる状況が出れば、改めて政権政策を決める手順でいい。連立政権はドイツでもスペインでも、選挙結果を受けて公表する。
一方で非常に恐れていることは、小池(百合子)プラス橋下(徹)という日本版ポピュリスト新党が自民党と競争し、最大野党になり、安倍か橋下かみたいな構図ができることだ。
私たちは、正攻法で憲法と民主主義の旗を立てて、国民に対してこっちがまっとうな選択肢だ、ということを言っていかなければいけない。
アベ政治に対抗する穏健保守、リベラル、革新勢力を大結集するとことが課題だ。5年先の日本を建て直すという政策の共有が必要になっていく。自衛隊とか日米安保とか、考え方に距離があるが今すぐ自衛隊をゼロにするというわけではない。軍需産業で成長戦略をとる政策をやめる。武器輸出三原則を元に戻す。沖縄の新基地建設を止める。オスプレイの配備を押し戻す。原発再稼働を認めない。そういうレベルの政策をよりましな日本というイメージで、皆が結束するということが大事だ。 
結びに代えて―憲法とたたかい
安倍が憲法を改正したいというのは、個人的な怨念の世界だ。岸信介が戦犯で巣鴨の牢屋に入れられ、それに対する復讐心でもって岸が総理になった後、改憲を指向した。改憲の手始めに、安保条約の改定を進めた。国民が怒って60年安保という国民的な運動が起こった。それで岸が辞めさせられた。こういう一連の流れが、安倍の改憲願望の原因だ。じいさんの敵を打ちたい一心だ。
詩人の石原吉郎は、シベリアに抑留された。日本の捕虜たちは作業現場への行き帰り、5列に隊伍を組まされ、その前後左右を自動小銃を構えた警備員が行進する。一歩でも列から外れると、逃亡とみなして射殺してよいという規則になっていた。なかでも実戦の経験が少ないことに強い劣等感を持っている17、8歳の少年兵に後ろに回られるぐらい囚人にとって嫌なものはない。彼らはキッカケさえあれば、ほとんど犬を打つ程度で発砲する。
実戦の経験が少ないことに強い劣等感を持つ少年兵というのが安倍晋三であり、取り巻きの右翼政治家。戦後の日本は憲法9条の下で、実戦の経験を持たない。その劣等感を晴らすために憲法を変えたい、それだけの話だ。
我々は、改憲の策謀に対して体を張って闘うというときがきた。選挙はいつになるか分からないが、憲法を守るための幅広い戦列を作りたい。改めて今年の健闘を誓い合いたい。

最後に、魯迅の「故郷」、「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」。私たちも「仲間を増やして、みんなで歩いて、民主主義を守る道を作っていきたい」。

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