田代 洋一(大妻女子大学社会情報学部教授)
日米トップは、東日本大震災で多少遅れるとしても、TPPへの日本の参加決定を粛々と進める姿勢である。オバマは、大統領再選を目指して5年で輸出倍増によるアメリカ人の雇用確保を狙い、日本その有力なターゲットだ。片や日本も新成長戦略でTPPを通じてアメリカに工業製品を売り込み、「通商国家化」したい。つまりTPPは、このような日米の相互浸透を強めるための競争ルールの変更である。
ではどのように変更するのか。菅首相はTPP参加協議に向けて二つのことを強調した。一つは「開国と農業再生の両立」、もう一つは「開国」に先立っての国内の規制改革、非関税障壁の撤廃。前者はアメリカ等からの農産物輸入の増大への対応であり、後者はアメリカ資本等に対する日本の規制撤廃で、その主たる場としては金融、サービス、電子取引、政府調達(建設)、医療等の広範な場が考えられる。前者で日本農業は壊滅敵的打撃を受けるが、後者の市場開放・規制緩和が日本の経済と国民生活に及ぼす影響も計り知れない。
つまりTPPとは実質的に日米FTAであり、そこでの日本の一方的譲歩である。ここで思い起こされるのが日米農産物交渉の歴史である。アメリカが事あるごとに持ち出したのが、日米安保条約第二条の「経済協力」であり、そのための第四条の「随時協議」である。協力・協議とは要するに「防衛での貸しは経済で返される」、すなわち「アメリカは日本を防衛してやっているのだから、そのツケは経済的譲歩で払え」ということである。この「アンポと牛肉・オレンジ」の関係を21世紀に引き継ぐのがTPPだといえる。
鳩山内閣から菅内閣への移行は、ちょうど「東アジア共同体の時代」から「アジア太平洋における米中対立の時代」への転換期に当たった。アメリカは太平洋国家化をめざし、南シナ海等での経済権益の確保をめざし、中国封じ込め作戦に出た。それに対して中国もまた南シナ海を「核心的利益」として領土主権の主張、アジア諸国との領土対立を強めた。
それが表面化したのが2010年だ。そのなかで沖縄米軍基地の県外、海外への移転を打ち出した鳩山内閣は、アメリカの逆鱗に触れて倒れ、その「鳩山の失敗」に震えあがった菅首相は早々に日米同盟強化一本槍に舵を切った。そして、その証として持ち出したのがTPP参加である。改造内閣は対中国強硬論者で固められたが、その一人である前原外相(当時)は、TPPは安全保障の面からも重要だと発言している。