コロナ危機、都知事選、そして総選挙のゆくえ
(政治社会学) 木下ちがや
1、 コロナ危機がもたらした「危険」と「機会」
第二次大戦以後最大の危機といわれる新型コロナウィルスの感染爆発は、いまだ解決策のみえない状態が続いています。いまのわたしたちは、これまでの経済危機や震災に比べてもより深い危機の奔流に巻き込まれています。
感染爆発の危機の下では、わたしたちの社会を構成する職場、学校、消費空間から避難することを迫られています。さらに今回の危機は、民主主義的な連帯の習慣を封じ込めてしまいました。人と間近に言葉を交わすことは禁じられ、「年越し派遣村」や「国会前デモ」のような、集団的な救済と意思表明の手段が封じ込められてしまいました。
前例のない世界的な経済危機と民主主義的手段の凍結の下で、失業、経済格差の広がり、ポピュリズムやナショナリズムが台頭するという不吉な予告もなされています。
21世紀に入ってから、すでに新自由主義的グローバリズムが世界を覆い、経済格差の激化と排外主義的の台頭はすでにはじまっていました。2016年のトランプ政権の登場がまさにその兆候であり、新型コロナ危機は、すでに生じていた政治的、社会的、経済的危機を一気に加速しようとしています。
ここ十数年にわたり席巻してきた新自由主義改革の下で、保健所の削減、病院の統廃合をすすめられてきました。その結果、公衆衛生体制の疲弊が新型コロナ対策を阻んでいます。ほんの少しの感染者の増大が、あっという間に医療崩壊を招くほどに、医療体制は「改革」により疲弊しきっていました。アベノミクスのもと、日本経済は安定しているといわれ、女性の活躍が謳われ、就職率も高く、失業率も低いと喧伝されてきました。しかしそれが薄氷の上の安定だったことを、新型コロナ危機はさらけだしたのです。
では、社会的隔離のさなかにあり、デモも集会も開けないわたしたちはいま無力でしょうか。
新型コロナ危機以後、安倍一強のもとで生まれていた無力感は徐々に失われつつあることも事実です。国民に対する一律10万円の支給の要求を、当初政府は一顧だにしませんでした。ところがSNSを中心にこれまでにない要求の声が渦巻き、総理大臣がいったん決めた予算を組み替えるという前代未聞のかたちで実現されました。新自由主義改革によって疲弊させられてきた「医療を守れ」という声は圧倒的です。小さな学生団体がはじめた「学費の減額を」という声は一挙に広がり、安倍総理は「前向きに検討する」といわざるを得なくなってきています。朝日新聞の世論調査によると、「大きな政府」を求める声は民主党が政権交代を果たした時期に匹敵するレベルに高まっています(1)。そして、安倍政権が、検察の追求を逃れるために子飼いの黒川検事正の検事総長就任を強行しようとしたのに対して、ネット上で「#検察庁法案に抗議します」のムーブメントが大規模に巻き起こり、野党の奮闘で同法案の強行採決は阻止され、黒川氏は辞任に追い込まれました。一強といわれた安倍政権の仕掛けが、この間渦巻く世論の力で次々と挫折しているのです。海外に目を向ければ、世界中で人種差別に抗議するデモが広がり、11月に大統領選挙を迎える米国ではトランプ大統領が落選の瀬戸際に追い込まれています。
このように、新型コロナ危機の下では、社会をよりよい方向に変えようとする力もうまれているのです。わたしたちはいま、民主主義を破壊する危険な力と、民主主義的な機会を開こうとする力とのせめぎあいのさなかにいます。
では、このような新型コロナ危機の下での新しい状況が、わが国の政治、そして野党共闘にどのような影響を与え、どのような課題を提示しているのでしょうか。東京都知事選は、新型コロナ危機発生以後の民意を問う初の大規模選挙となりました。
2、
東京都知事選をどのように評価するか―野党共闘の進化
小池百合子336万票、宇都宮けんじ84万票、山本太郎65万票、小野たいすけ61万票-これが今回の東京都知事選の得票結果でした。確かに、小池百合子はダントツに圧勝しましたし、宇都宮けんじは過去二回出馬した際の得票にすら届きませんでした。しかしながら、この選挙戦で野党は、得票数だけでは図れない中・長期的な展望を切り開くたたかいをやり遂げました。この選挙は共産党系候補を全野党が応援し善戦した2019年の高知県知事選の成果を引き継ぎ、野党共闘を進化させるたたかいだったのです。
まず、小池百合子氏はなぜ圧勝したのでしょうか。知事は現職2期目が強いことを踏まえたうえで、その理由のひとつは、新型コロナ危機への対処をめぐり、安倍政権の信頼度が著しく低下する一方、全国の知事への評価があがっていたことがあげられます。小池氏は自民党の推薦を(表面上)断り、安倍政権批判の波をかぶるのを巧みに回避しました。「非自民」「非政権」のイメージづくりにより、政権に批判的な立憲民主党の支持層をも取り込むことに成功したのです。
もうひとつは、「女性知事」であること。この間、世論のなかでは女性政治家を待望する機運がひろがっています。metoo運動をはじめ、女性の権利を掲げる運動が活発化しています。ところが、今回の都知事選、主要候補は小池氏以外みな男性でした。さらには小池氏の容姿などへのバッシングは、多くの女性の反感を買っていました。都知事選で電話かけをした方によると「狸だ厚化粧だ女帝だと、揶揄すればするほど、百合子になびいてた感じ」があったそうです。わたしたちの側に、政治参加を阻まれてきた女性たちの想いに至らない部分があったのではないでしょうか。
そもそも、首都東京にもかかわらず、歴代の革新勢力の都知事候補はすべて男性でした。今回の都知事選は、革新側はこれまで以上に女性政治家を育て、押し上げていく環境をきちんとつくるという今後の課題をつきつけた選挙でもあったのです。
次に野党側です。立憲、共産、社民そして国民民主の幹部らは宇都宮けんじを支援し、れいわ新選組は山本太郎を公認するという、世間からみれば野党分裂選挙になりました。
しかし、宇都宮陣営で闘った人たちからは、得票以上に「すっきりと闘えた」という声が多くでています。都知事選、都議補選において、野党がこれまでにない結束と連帯感を強めました。わたしたちが今回の都知事選からくみ取るべき最大の教訓は「どんなに劣勢でも、決して陣形を崩さないで全力で闘う」ということです。昨年来、野党共闘を破壊しようとする策謀は、政権与党のみならず全方位的に仕掛けられてきました。しかしそれに屈することなく、各野党とその支持者は宇都宮陣営に全力で結集し、たたかい抜きました。この陣形を守り抜いたことこそが、今回の都知事選の最大の成果です。そして都知事選直後から、立憲、国民、社民党の合流と新党結成の流れが加速しています。これは17年の共産党・リベラル排除の「希望の党」とは逆に、共産党との連携を前提としたリベラルな新党です。都知事選において、山本太郎の出馬はれいわ新選組の孤立と衰退に結果しました。それに対して宇都宮けんじの出馬は、今後につながる野党共闘の進化をもたらしたのです。
3、
総選挙へ―新しい社会構想を掲げて
周知のとおり安倍政権の支持率は急落し、レームダック状態に陥っています。しかし今の自民党には後継総理を据える力はなく、惰性で政権が続いています。しかも、黒川検事正の検事総長就任に失敗したことで、河井夫妻の公職選挙法違反事件が安倍総理周辺に及ぶリスクがあり、退陣できない事態に陥っています。2021年10月の任期満了までに安倍総理の下で解散総選挙を打つことは確実な状況であり、追い込まれることを避けるために今年秋に解散を打つ可能性が高まっています。
安倍政権が勝利するためのゆいいつの条件は「野党分断」です。維新の会、れいわ新選組が「元気」なうちに、かれらを乱立させ野党を沈めるという戦略です。それに対抗するためには、野党の結集を早急にすすめ、候補者一本化に全力を注ぐことが必要となります。
そして野党は、批判だけではなく社会構想を示す必要があります。5月29日、立憲民主党枝野代表は「支えあう社会へ―ポストコロナ社会と政治のあり方(命と暮らしを守る政治構想)という私案を発表しました(2)。新自由主義批判、自己責任論批判、リベラルで社会主義的な理念を強く打ち出したこの構想は、現在、共産党を含め野党全体の構想に練り上げられようとしています。
新型コロナ危機の下、新自由主義的な弱肉強食の改革願望は消え去りました。 いまあるのは、ごく普通の暮らし、ごく普通の学び、ごく普通の健康を守りたいという、ささやかですが困難な要求です。
野党は気張る必要はなく、こうしたささやかな要求をしっかりと受け止める社会像を提示していくことが求められています。アメリカでは大統領選を控え、民主党大統領候補のバイデンと、左派の候補者であったバーニーサンダースが政策協定を結びました。中道派のバイデンは、気候変動対策などの左派の提案をうけいれ「アメリカ版野党共闘」で選挙戦は闘われようとしています。かつて日米の民主党は、新自由主義政策に傾いていました。しかしいまは、反新自由主義的なコンセンサスに基づく政治を打ち出そうとしています。このように、革新勢力の政策と運動は、これまで以上に大きな舞台で前進する可能性が広がっているのです。
野党はたんに選挙区を一本化するだけではなく、共通の理念のもとに安倍政権と対峙していく段階にまできました。来るべき総選挙は、コロナ危機以後の社会構想をめぐる闘いになります。この闘いをより充実させるために、いま、なにをなすべきかが問われているのです。